その眼差しの彼方まで

アイドルと日記

幸福な出会い【後編】

読まなくても問題のない前編

rspp.hatenablog.jp

 

 

19歳になるまでに変わったことがもうひとつある。

 

カゲロウプロジェクトの作者であるじんさんが、この2021年に活動10周年を迎えた。

このプロジェクトを象徴する日でもある8月15日に投稿されたのがこの曲である。

 

 

youtu.be

 

 

2017年12月29日に遡る。高校受験を控えた私は、パソコンの前で何時間も泣いていた。

 

じんさんが書いた失想ワアドという曲が投稿された。

私が人生で一番好きな人間のひとりである木戸つぼみの曲だった。

夏を舞台に群像劇を繰り広げてきたカゲロウプロジェクトとしては異色な、雪解けを、春の訪れを感じさせる曲。子どもを描き続けてきた本作が、はじめて「その先の未来」を描いた曲。

 

youtu.be

 

カゲロウプロジェクトに登場する子どもたちには、子どもには担いきれないような過去がある。世界を嫌いになりそうになっても、それでも前を向いて生きていく。

 

15の私は特別人生にしんどさを感じているわけではなかった。まあまあギリギリだったけれど、歩みを進めることができていた。カゲロウプロジェクトの子どもたちのことを、共感の対象だと思っていなかった。

けれど失想ワアドを聴いたとき、置いて行かれたと感じた。彼女の成長を素直に祝えず、惨めに数時間泣き続けた。一緒に大人になってほしかった。丸4年経った今でも、人生で一番泣いた日だと思う。

 

 

4年弱経った18歳の終わり、後日譚を聴いて、あの頃の自分が昇華していくのを感じた。

2018年以降、本当にいろいろなことがあった。インターネットには書けないことの方が多い。楽しいこともあったけど、結構辛い3年間だった。思うように話せないこともあったし、自分も世界も嫌いになりそうなことが山ほどあった。大抵のものは崩れ落ちた。

本当に人生でろくなことがない。この世とかいうやつは本当にどうしようもなく、ないけれど、たまに良いことがあって、例えば音楽に出会えている。

 

アイドルの歌と、じんさんの歌を聴きながら考える。

小学生の頃に出会って、初めて見る世界に衝撃を受けて、それから今日までずっとじんさんの歌はどこかで揺らめく光のようだ。距離は測れないけど、暖かい。歩けないときに彼の歌を聴いた。

遠く煌めく星をなぞる。アイドルは時に私を鼓舞してくれるけれど、床でへばりながら聴くには彼らの姿は眩しすぎる。それでもアイドルの歌が大好きだ。勝たなきゃいけないときは彼らの歌を聴いた。

 

何度も音楽に出会いなおして、月日を経るごとに何かを失くして何かを得る。

 

音楽は私の代わりに生きてくれるわけじゃないから、やっぱり私は自分で自分の人生をやらなきゃいけないけど、アイドルもじPもどちらもいてくれないと困る。

起き上がるにも踏み出すにも結局は自分の力だけど、床から動けないとき、歩かなきゃいけないとき、あらゆる場面に直面したとき、2つも信じられる音楽があることがとても幸福だと思う。

 

今の私は床に倒れている。昨年ようやく起き上がったと思ったのに、気付いたらまた倒れていた。

床に倒れている理由を考えると最悪な気分になるが、床から見える景色もそんなに悪くない。6年前に見た景色は思い出せなくても、いろいろ失くしても、幸福な出会いはあった。

私は自分の足跡を愛している人のことが大好きだ。この世はどうしようもないが、彼女が未来にたどり着いたように、なんだかんだ嫌いになれない。

 

いつか自分の歩みに自信を持てるようになったとき、未来に出かけられるようになったとき、また彼女に出会えたら。

 

 

youtu.be

 

 

 

 

(1470文字)