ごくス屋さん

アイドルと音楽と日記

251121:乗りこなせない

11月18日火曜日は起き上がれないところから一日が始まった。今期の火曜日は授業が三コマあって、一つ目の講義に間に合わせるためにセットしたアラームが五分刻みに鳴り響くなか、私の頭が布団から離れることはなかった。4~5時間経ってようやくどうにか身体を起こして、最後のコマに出席するためロキソニンコンタクトレンズをぶち込んだ顔を、南中もとっくに終わり夜に向けて冷えるばかりの外気にさらす。

電車を降りる頃には痛み止めが効き始めた。ぼーっと講義をやり過ごし、1ヶ月以上前から予約を入れていたオンラインの占い(35分)が終わって、家に帰る頃には力尽き、風呂も食事も諦めて重力に負けた。その次の日とその更に翌日は起き上がれないほどではなかったものの、起き上がれないわけではないだけで体調自体は芳しくなく、またロキソニンコンタクトレンズをぶち込んでやり過ごした。やり過ごしたという割には木曜日は非常に良く働いて、働きすぎて退勤してからようやく薬が切れていたことに気付いたほどだった。家に辿り着く頃にはやはりぐったりし始めていて、また風呂と食事を諦めて電気毛布のなかに潜り込んだ。あまりの情けなさにインターネットであばれまわってフォロワーを数人減らした。言ってしまえば癇癪を起こしているわけだから、数人で済んでいるといえばそれもそうなのだが、普段は気にならないフォロワー数の微減が妙に気に触って、更なる癇癪を起こしそうになったところで最近触っていなかったSwitchを起動してポケモンバトルをすることで気を紛らわし眠りについた。

癇癪を起こすのと並行し、ChatGPTに自分の生理についての過去ツイートを貼り付けて簡易的な相談をした。他の対話型生成AIにくらべるとコイツはろくな回答をしないのがわかっているので、文字通り行き場のない怒りをぶつけながら話半分にきいていたが、4年前に諦めたミレーナの使用をかかりつけに相談してみる、というところまで心が決まった。

出血はほぼ終わったとはいえ、まだ痛みが残っているし身体は重かったけれど、更に一日伸ばすのも面倒くさいからどうにかしてクリニックに向かった。

 

4年前にミレーナ挿入を断られてから気まずくてクリニックを変えた。大学受験をきっかけに低用量ピル(ヤーズフレックス)の服用をはじめるため、婦人科に行くようになった。その当時はとにかく大事な試験日に生理が重ならないようにすることだけを目的にしていた。大学受験って異様に長くて面倒臭い。進学後、ちょうど全身麻酔を伴う手術入院で休薬しなければいけないこと、同時期に似たような手術をする予定だった家族が(かなり軽度ではあったが)血栓になったことをきっかけにしてミレーナの使用が検討された。担当だった女性医は割とポジティブで検査までやったのに、いざ入れるかというタイミングで男性院長が現れて、やっぱりやめようと言われた。経産婦じゃない、まだ若い(当時20にもなっていなかった)、性行為の経験がない。じゃあ一ヶ月前の内診は何だったんだよと思いながら、前述の理由で休薬時期が重なったのもあり、通院をやめた。

そのあとも入院する予定が複数あったために低用量ピルを再開することはなく、月30日あれば20~25日は出血しているバカみたいな周期と、数年前からドラッグストアに現れ始めたショーツ型のナプキンですら事足りないバカみたいな出血量と、最低でも1週間はロキソニンを飲まないとやり過ごせないバカみたいな生理痛を、マジでバカみたいだなと思いながらやり過ごしていた。それでも、こんな感じでも、21歳くらいまでは割とまだ体力があったからどうにかなっていた。ついにどうにもならなくなったのが去年の春で、割と最近開業したいまのかかりつけクリニックを受診し、貧血の診断が下された。

 

婦人科はふたつしかかかったことがないが、土曜日だろうが平日だろうが、昼だろうが夕方だろうがずっと混んでいる。当日予約制だから極端に人が溢れているとかそういうのはないが、結局1時間以上待合にいた。人口に対してキャパシティがたりていないのだろう。途中、看護師に呼ばれて軽い問診を受ける。4年前と同様に性行為の経験の有無をきかれて、良くない予感がした。ないですよね、といわれて、まあないんだけど、ないですよねってなんだろうと思いながら、この性行為って具体的に何を指しているのか、まあ何にせよないものはないんだけど……。

一応、他院を含めこれまで処方されたピルあるいは月経困難症用の薬は数種類試してきたが、結局どれも症状自体の改善はみられず、特に冬場は下腹部痛がひどくて起き上がれない日もあること、就職活動、そして正社員総合職での雇用をめざす上でこの状況は不安が強いことを話して待合室に戻された。混乱しながら非公開のリア垢でまたあばれまわる。そのあと院長と話して、やはり経産婦じゃないことと性行為の経験がないことを挙げて、やってもいいけど相当痛いし、そこまでしてミレーナを選ぶべきだとは思えないといった主旨を伝えられた。どうしてもというならやってもいいと伝えられただけ4年前よりはマシで、ピルではなくて黄体ホルモン(ジエノゲスト)を投与することを提案されて受け入れた。それ自体は合理的な提案だと思う。一方で4年前にもジエノゲストは服用経験があり、詳細は覚えていないがすごくよかった印象はないし、この薬が合わなかったら私にはもう対処法がないってことですかといつもの極端思考に陥って、混乱したまま電車に乗って気付いたら終点だった。

 

今の私はジェンダーアイデンティティにおいても性的指向においても恋愛指向においてもクエスチョニングということにしている。別に名乗る機会もないから、Twitterのbioに貼っているプロフィールに書いているだけだけど。

ジェンダーアイデンティティに関しては、自分の疾患を抜きにしてこれまでの人生をはかれないことも含めて結論を出すには難しく、ただ自分を名乗る時に自分の口から「女」という言葉はもう出てこないだろうということ、女性名の典型みたいな自分の名前の最後の一文字を消したいけど環境的におそらく叶うことはないであろうこと、それだけが確実で、それ以外のことはいまだにわからない。大学院に進んでからは特に、関わる人間の数が更に少なくなって、性別二元制に晒されることもほとんどなくなったが故に逆によくわからない。でも、男性は元々異性だけど、女性も女性で同性だと思うことはあんまりないなと思う。

そして性的指向と恋愛指向についてはAスペクトラムの中にある、ということだけがわかっていて、それ以上に私を説明する言葉は見つかっていない。このあたりはAro/Aceに関するより詳細な議論を参照してほしいところだが、私は性的欲求はあるけれど少なくともそれが実在他人に向くことはないし、向いたとしても返されることを望むものではない。また、クワロマンティックが相対的に近い概念だと考えてはいるけれど、恋愛感情が自分の中に存在しないと言い切るほど(※言い切る必要などどこにもないことに留意が必要)とも思えないし、まあ強いていうならグレイロマンティックか……?みたいな感じだ。そもそも人間関係のことがよくわからないのだ。Aro/Aceの人がよくある(「冷たい人」的な)差別的言説に対して「友愛はあるから」と言い返しているのをインターネットで見ることがあるけれど、なんかいまいちピンとこない。自分の中に恋愛を観測したことがないように、友愛も観測したことがないような気がする。私はただ、割と情に厚くて流されやすく、他人からアクションを受けたらほぼそのまま返すタイプだから、友達とかそういうのがいないわけではないが、それって情の問題で、「友愛」みたいなもっと主体的な感じじゃねえな、と思う。自分から動かないのが悪いけれど、「友愛」の部分がどうも欠落しているとしたら、自分から動かないのではなく動けないというのに近い。他人が私のために動く可能性を、過去の事例があることも承知した上で、いまだに理解をしていない。そうなってくると、私は他人からのアクションを発生させるために「なんか面白そうな人間」でなければいけない、そうでなくなったとしたらもはや、私に近付く人間もいないし、私は誰にも近付かないし、という話になってきてしまう。だから去年の今頃は面白くあることにやたら固執していた(進学したら忙しくなってどうでもよくなったけど)。

でも、私は非常に流されやすいので、映画『秒速五センチメートル』*1における遠野みたいにイヤホンつけてランチの誘いをガン無視したりアポのある飲み会をドタキャンしたりはできない。遠野ってあれで異性愛やってるんだからこの世のことがわからない。本当に意味がわからないです。遠野で一番よくわからないのは水野さんと付き合ってた部分です。

 

何の話をしていたんだっけ。そう、ミレーナね。

いくらセクシュアリティが流動的と言っても、私が自分のセクシュアリティを生きていくとすれば婦人科の問診で想定されるような「性行為」が発生する可能性、ましてや経膣分娩(ちなみに帝王切開で出産した人もミレーナ挿入はまあまあ痛いらしいです)を経験する可能性は極めてゼロに近い。もちろんジエノゲストが普通に効けばこの文章はもはやダイナミック癇癪でしかないし、そうなるのが望ましいのだが、じゃあ効かなかったらどうなるんですか?という話だし、出産はまだしも極めて限定的な「性行為」で採れる医療行為が違うのってあまりに理不尽というか、これが理不尽じゃないならお前らがおかしいですという気持ちになります。23にもなって性行為どころか交際どころか他人と仲良くなれた気がしない私の人生が悪い、はい、私もそう思います……。もうアホらしすぎて4年前も今もマッチングアプリやればいいんですか?(ブチギレ)になっている。まあ、他人の興味ある部分って信念と思想しかないから、この世の恋愛規範と適合していなさすぎるので、さようなら……。「友愛」すらも選択肢にないAroに残された道って、情による薄いつながりを繋ぎ止めながらギリギリの孤独で生きていくことだけなんでしょうか。それとも、今存在している「情」に伴うストレスから解放されるために全てを諦めたら逆に楽になるんでしょうか。何事も中途半端は良くねえよな、と極端思考の悪魔が脳裏で囁いています。

 

治療のための合理性も頭では理解しているが、医療のことをそれなりに信頼しているのに、急にすごいプライベートで自分ではどうすることもできないことを持ち出されて、悲しいのかもしれない。ジエノゲストが効けば別にいいんですよ。てか生理がこんなに重くなければよかったし、でもそれって私の膝が美しくて脱臼なんてしない形だったらというのに等しく、それってもう私ではないのかもしれませんよ。生理中は確かに気が立っているし、なんなら軽度の双極性障害で、明確に冬季うつで、ピルがないと気分の乱高下がより激しくなって、飲んでる期間は比較的マシだけど、服用中と休薬中のどちらが真の自分なのかって、どっちも自分じゃないですか。障害、疾患、脳を含めた身体を生きるということは、そう単純な話でもないんじゃないか、そうなんじゃないですか?

 

 

 

*1:ここでは2025年公開の実写版の話をしている