その眼差しの彼方まで

アイドルと日記

「来世はジャニーズJr.になりたい」を解く

ジャニーズJr.になりたいと思ったことが幾度となくある。

ジャニーズを小さい頃からテレビで観ていて、現場に行くようになっても、世界のどうしようもなさを知っても、それでも拭い切れない。

子どもというには憚られる年齢になってからも、今生では絶対にやりたくない、でも来世はきっと、とどこかで思っている。

人前に立つのは嫌いだし、音楽は好きだが歌うのも踊るのも好きじゃない。喋るのも得意ではない。

それなのにアイドルを見ているとどうしようもなく湧き上がってくる憧れは、一体何なのだろう。

 

 

アイドルに何を求めているのか?

なりたいと思う根源には、ジャニーズを好きな理由が関係しているだろう。

私が今軸として応援しているのはSixTONESだ。箱だけど担当は田中樹。担当という概念は未だによく分かっていないが、彼はどうしても目を引く人であり、この人の視座から語られる言葉が好きだと感じている。

 

SixTONESの好きなところは、音楽的にセンスがいいとか声が好きだとか、圧と華に気圧される瞬間が何より最高だとか、喋りもうまくて毎週末が楽しいとか、文字通り山のようにある。

それをひとつひとつ数えてここに挙げるのは難しいし、今回の議題に関係しないものも大いに含まれるため、とりあえずは関係性について注目してみたい。

 

 

SixTONESの関係性に対する憧れ

時折、SixTONESの組織としての在り方にとてつもない羨ましさを感じることがある。

メンバーはSixTONESのことを自分が一番かっこよく居られる場であるという。SixTONESにいることで、ほかの5人がいることで自分もより輝けるし、SixTONESは自分のやりたいことができる場だという。

 

SixTONESの美しさのひとつに、その役割分担の巧みさとスクラムの強固さがあると感じている。

SixTONESに対して、この世に70億個あるピースのなかで、この6個だけがぴったりと嵌っている立体パズルのようなイメージがある。ぶつかり合ってバリが取れたピースたちは、北斗がいうように、もう癒着のレベルまで到達していて、SixTONESという人格をもたらした。

 

ジャニーズという特殊環境のなかでも、一度バラバラになったあと再集結したというエピソードはかなり特異なものだろう。

ジェシーがある意味自分のために下した決断の先に今日があることに思いを馳せてしまう。

 

私が彼らを担ぐと決めたのは、メンバー全員がSixTONESというグループでやっていく、ということを腹を決めたあとだった。その覚悟が感じられるSixTONESのパフォーマンスは、まさに凄まじいという言葉が似合う。ただでさえ立ってるだけで圧と華の塊なのに、そこに覚悟まで入ってくるとマジで勝てねえなと思う。それを明確に感じたのがデビュー前のRAM-PAM-PAMだったし、その先にあるのがSpecial Orderなのだろう。

 

 

こういうSixTONESの姿勢を見ていると、ジャニーズ全体に漠然と持っていた憧れの正体がみえてくる*1

 

日本国内の女性アイドルグループは、基本的にメンバー変遷が前提として構成されている。私はこれがどうしても性に合わなくて、どんなにパフォーマンスが刺さってもオタクになりきれない。2020年以降、ジャニーズ以外のアイドルグループもいくつか好きになったけれど、どれも(脱退の可能性はあるにせよ)メンバー固定でこのメンバーが最高なのだと高らかに歌う人たちだった。

ジャニーズで長い時間を共に過ごす中、解散という選択を取らず、この先もやっていこうと自分の意思で決めて関係を成り立たせている彼らが羨ましい。

このグループじゃないといけないのだと言い切れるほどのメンバーに出会っていることが羨ましい。

一度離れた人達の手を掴めるほどの信頼と予感が羨ましい。

私もそのくらい本気の人間関係がやりたくて堪らない。

 

 

欲しいものは何か

私は元々漫画やアニメを元にした二次創作を楽しむタイプのオタクでもある。その中で、いわゆるカップリングという概念が、基本的に恋愛感情に限定されることを窮屈に感じていた。人間の感情は複雑かつ曖昧で、そう簡単に線を引けるものなのだろうか?と心の底から思っているし、×と+で意味が変わるのも謎だった。恋愛関係を結んでいる、ということ自体は契約だからそれ以外の状態と区別できるだろうが、恋愛感情か否かは本人を含め解釈が割れるところなのではないか。

なぜ恋愛感情だけが特別視されるのが分からない。異性間の関係性のゴールを恋愛に設定されるのが嫌で嫌で仕方ない。ひとたび恋愛関係を結べばそれ以外の関係性が無にされるような雰囲気が嫌いである。恋愛関係とそれ以外に線を引く必要性と基準がずっと分からない。当然生身の人間関係においても、恋愛とは何なのかずっと悩んできた。*2

 

そんな中で、ジャニーズの関係性は私にとってある種の心地良さがある。ただの友人関係ではない何か*3。常にお互いの存続の意思を確認しながら作り上げていく関係。私が欲しいのはこれ。世の中が言う「恋愛関係」にも好奇心は働くが、断然こっちの方がそそられる。

 

こういう私の特徴を説明する語がようやく分かったのが「現代思想2021年9月号 特集=〈恋愛〉の現在『クワロマンティック宣言――「恋愛的魅力」は意味をなさない!』(中村香住)」だった。私はクワロマンティックというやつなのかもしれない。

 

以下要約。

この論考では、クワロマンティック(quoiromantic,クォイロマンティック,WTFロマンティック)とは「恋愛的魅力とそれ以外を区別できない」以上に、もっとラディカルな態度を含んだアイデンティティであるとされる。「恋愛的魅力」といったモデルに積極的に抵抗するし、それ自体が意味をなさないとしている。

クワロマンティックの人々は、「重要な他者」と関係性を築く。「純粋な関係性」を突き詰めた先には、クワロマンティックの実践があるのではないか。

この論考で取り上げられている「純粋な関係性」は、当の関係自体が与える見返りのためだけに存在するもの*4であり、二人の間のみで共有された文脈が形成される。これには相手に対する自己投入(コミットメント)が必要であり、この関係性による恩恵を受けていないと感じれば、いずれか一方の思うままに関係を終わらせることができる、というものである。

「純粋な関係性」における「自己投入」とは決意であり、相手と、相手と自分の関係性を信じることを決める、その信念に基づいて行動し続けることである。この「自己投入」に基づく信頼のみが純粋な関係性を成立させ続ける。

 

 

SixTONESに話を戻そう。

 

私にとってアイドルの関係性は「純粋な関係性」に近しいように見えている*5。純粋な関係性を極めた先にクワロマンティックの実践があるとすれば、私がずっとアイドルの人間関係のやり方に強くときめいていたのも説明がつくのではないか。

 

SixTONESの関係性の中で、私が特に「純粋な関係性」に近いものを感じるのはJ2だ。

「このグループの舵を取る権利も義務もジェシーにあると思ってる。ある意味、俺はずっとジェシーの補佐でいようと思ってる*6

田中樹のジェシーに対する態度には、明らかに決意と信頼がある。アイドルである彼らにとっては仕事上の関係だから、正確には「純粋な関係性」とは言い難いものの、外的な力に対抗する再結成のエピソードは補強として十分だろう。

言ってしまえばアイドルは歌って踊るだけで良いし、アイドルとしての目的があったとしてもメンバーにここまで賭けなくて良いはずである*7。私はただのファンだけれど、彼らはSixTONES以外のグループでも、アイドル以外の仕事でも、どこにいても活躍できるだけの力があるように思う。そんな人達が、(他の要因もあるにせよ)今日もグループを維持し続けていることに美しさを感じてしまう。

 

もちろんJ2以外にも、6人グループであるSixTONESには15通りの組み合わせがあるし、SixTONESに賭けているといった発言はほかのメンバーからも見受けられる。

ライブ前に円陣ではなく、ひとりひとりと背中を叩きあってからステージに出る彼らが好きだ。互いの持つものを信じている彼らが好きだ。どのふたりをとっても、そのふたりにしか共有されないものがある。ひとりひとり、互いにコミットメントしあっている。メンバー全員がほかの5人に対して決断した結果がこのSixTONESというグループであって、それが私が美しいと感じる所以だろう。

 

彼らはいつも、ファンのみんなも含めてteamSixTONESだから!と言ってくれる。しかし、TrackONE -IMPACT-におけるImitation Rain後の円陣での会話がマイクに入っていなかったことが、私はずっと嬉しい。ああいう経験が私の知らないところで積み重ねられている。カメラに映らないところ、マイクが拾わないところに、私たちの知り得ない固有の文脈が存在する。

ただ同時に、アイドルとファンというシステム上の関係であるはずの私たちに対して、そのシステムを強調しつつもそこには(錯覚をみせることも含めて)愛と信頼があるとしてくれるのが彼らの優しさであり賢さでもある*8

未だアイドルに対するファン感情を疑似恋愛的に解釈する風潮は強いと感じているし、それ以外の代表例である「観察者」というだけでは説明がつかない「自分」とアイドルの関係性もまた存在するだろう。アイドルに対するファンとしての私にも、クワロマンティック的な価値観はかなり強く働いていると感じるが、話が長くなるのでまた別の機会にする。

 

他にもいろいろ理由はあるにせよ*9、私は、私にとってのSixTONESが欲しいから来世はジャニーズJr.になりたいのだろう。ひとりひとりが固く強く結ばれた関係性に夢を見ている。

アイドルたちの関係性は本来の「純粋な関係性」とは異なる。仕事上の関係性であり、単なる人間関係以上に要素が複雑に絡み合っているだろう。でも私にとって、決意の上で関係を維持する努力を払い続けている様子は十分に魅力的に映るし、もし私自身がクワロマンティックだとするならば*10ここまで強く惹かれる理由として納得がいく。

 

ところで、ジャニーズJr.をやるには多分何回生まれ変わっても向いていないから、今生で私は私の人間関係をやるしかないね。

 

 

私は今日も祈っている。これまで出会ってきた『重要な他者』であるすべての友人、キャラクター、アイドルたちの幸せを。

 

 

 

 

 

 

 

rspp.hatenablog.jp

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*1:これは私にとって分かりやすい取っ掛りがSixTONESであっただけで、人によってはシンメだったりするのかなと思う。

*2:一応注釈を付けておくが、恋愛関係を特別視せず、(異性)関係を描いた作品はある。二次創作界隈においても同様のことが言えるだろう。

*3:この記事で主張しているように、私はそもそも「恋愛的魅力」等の概念に意味を見出していない。そのため彼らの関係性を恋愛だと思っているわけではないということを改めて強調しておく。

*4:「純粋な関係性」はセクシュアリティ、婚姻関係、友人関係の領域に姿を現すとされる。また、血縁や社会的義務などの外的な基準に拠らない。

*5:私の受け取り方の問題だ。実際に彼ら自身にとってお互いが「重要な他者」であるかは別である。

*6:Myojo 2020年9月号10000字インタビューより

*7:逆にいえば、こうした覚悟と信頼を感じるからこそ「SixTONESは何かを成し遂げそうだ」と感じるのかもしれない。

*8:ファンを「マネージャーみたいに応援してくれる(ニュアンス)」と表現していくこと、team SixTONESという呼称などにこういった姿勢が現れている。teamSixTONESという呼称は非常に興味深くて、アイドルとファンというメタを上手いことやっているように思う。

*9:関係性以外で憧れる点を挙げるとすれば、私はアイドルが自分の思うように身体を動かせる点が特に好きだ。自分をどう魅せるかという分析とその実践が巧い人には魅力を感じる。あとアイドルがファンに向けるまなざしが好き。

*10:今現在1番近いromantic orientationだとは感じているものの、正直まだよく分からない。