限られた愛と時間を

アイドルと日記

この愛は有限か?

2020年5月1日。

SixTONESが結成5周年を迎えました。

 

  

私がこうして結成をお祝いするのは2回目です。彼らを知ってから、好きになってからまだ1年と少ししか経っていません。

 

SixTONESのことを推すと決めてから、私の世界にSixTONESが現れてから、幸せをたくさん貰っている。

彼らに出会う前も出会ってからも日々辛いことはたくさんあるけど、彼らがいるだけでQOLが爆上がりした。

 

本当に、辞めないでくれてありがとう。ここまで粘ってくれて、諦めないでくれた、そのおかげで今私はImitation Rainを聴くことが出来ています。

この轍を歩き続けてくれて、共に歩もうと言ってくれて、私は本当に嬉しい。

 

ダメだ泣きそう。泣いてる。

アイドルという存在を好きになってから長いけど、ここまで好きになれたアイドルは、SixTONESが初めてかもしれない。過去の私、SixTONESに出会ってくれてありがとう。

 

私はSixTONESのことをほんの少ししか知らないけれど、きっと今まで何度も迷いを経験してきて、私の想像を絶するような苦い思い出がたくさんあるんだろう。

それでも希望を信じて、未来を信じて歩き続けている彼らは、本当に美しくてかっこいい。私の世界で一番素敵なアイドルはSixTONESです。

 

常に私の予想を裏切って、私の想像よりも更に何段も上の世界を見せてくれる彼らが、この先どこまでも歩いていけますように。世界が明るくありますように。

 

決して楽な道のりではないだろうし、笑う人もいるだろうし、逆風ばかり吹くかもしれないけれど、それでも私はSixTONESの旅を見守りたいし、できるなら私もその轍を共に歩みたい。

日本のアイドルが、ジャニーズがまだ見たことのない景色を、SixTONESと一緒に見てみたい。

 

ちょっと高望みしすぎだろうか?でもそんなことないと思えるし、そう言える根拠のない自信がある。きっと君もそうでしょ?

どこまで一緒に歩けるか今の私には分からないけど、それでも、今は共に歩きたい。

まだ誰も見たことのない景色を、叶えて欲しい。

 

SixTONESが世界を席巻する姿を、この目で見たい。

というか、世界を変えてほしいよね。世界のほうに動いてほしいよもはや。

 

改めて、結成5周年おめでとう。

 

 

 

なぜこんなにも彼らのことが好きなのだろう?

あーしんどい。もうボロボロ泣きながら書いてる。

私ってこんなに愛おしい気持ちになれるんだなと思って、自分で自分にびっくりする。SixTONESに出会ってから、そんなことばかりだ。

 

ポエム導入をやってから真面目な話をするのが常套手段になりつつあるこのブログですが、今回は何書こうか本当に迷いました。書きたいことはたくさんある、結成日にかこつけて何か書きたい、そうこうしているうちに当日になってしまったなーと思いながらキーボードを叩いています。今回は全部ポエムです。

 

散々迷った挙句、私はSixTONESの何が好きなのか、改めて考えてみるなどしました。

 

好きに理由は要らないなんて言っちゃったりしますが、よくよく考えてみるとなかなか難しい議題です。

 

もちろんメンバーのことは全員同じくらい好きです。田中樹を自担ということにしてはいますが、それでもやっぱりみんな好き。バラバラなのにピッタリ重なる。そんな彼らを愛している。

俳優として集められた6人。考え方はもちろん音楽のルーツも全然違っていて、六人六様の容姿、各々特徴的な声。それなのに、何故か6人集まると綺麗に重なって、美しい爆発を起こし、新たな世界をつくりだす。

 

彼らの音楽を愛しているのだろうか?

これもちょっと微妙な気はします。私はSixTONESの音楽そのものというよりは、総合的なパフォーマンスが好みです。曲の解釈と世界観の構築、そしてそれを表現する歌声、ダンス、細やかな仕草。そういったものを全部ひっくるめて、by SixTONESとしてパッケージ化されたものが大好きです。もちろん曲は大好きですが、これが主な理由かと言われるとちょっと違う。

同様に他の分野について考えてみても、好きな部分ではあっても「好きな理由」ではないものばかりでした。

 

 そして、ある結論に達します。

 

 

 

彼らの選択を愛しているのではないか? 

アイドルって不思議ですよね。

所詮私たちは他人に過ぎない。

彼ら自身ですら、アイドルとして出会わなかったら、テーマパークですれ違っていただけの人たちだ。

どうしてこんなに好きで、愛おしく感じるんだろう。

 

――人生は選択の連続だ。

誰かがそんなことを言ったらしいです。

私たちはつねに何かしらを選びとって、今日を生きている。

 

アイドルを応援するということは、しばしばその人の人生を応援することに繋がります。人によるだろうけど。私は私の愛するアイドルが、人として愛と祝福に満ちた生を送れますように、と常に祈っている。アイドルを愛するということ、応援するということ、推すということ。どれも全然分からないけど、とにかく祈っている。

 

デビュー週のエントリで、「推し」という言葉は「責任を取らない愛」のことだ表現するツイートを引用しました。

私たちは他人だし、私は消費者で、彼らは仕事としてアイドルをやっている。そしてその愛に責任はない。私にも、彼らにも。

それでもこのあたたかさは本物で、私はこの「アイドルとファン」という関係性が大好きだ。「責任のある愛」がこの世に存在するのか疑問ではあるが、そんな愛よりも、アイドルとファンの愛は尊いと本気で思っている。

 

彼らの生の1ページに、私が光を添えられるなら、それだけでいい。彼らの選択の結果と、私の選択の結果が交わっている事実がとてもあたたかい。

私は、彼らの選択を愛し、そしてそれが彼らにとって正しいものになるように、そう祈っている。

 

 

 

この愛は有限か?

 

rspp.hatenablog.jp

 

デビュー前にこのブログを書いて、このときは主に彼らの音楽とパフォーマンスに信頼を置いているという話をしました。

あれから4か月弱経った今思うのは、多分私はパフォーマンスだけじゃなくSixTONESそのものが好きで、愛していて、信頼しているんだなということです。

このブログを書いたときから信頼度が増したとかじゃなくて、当時は言葉にするのが怖かったというのがあった。私は永遠を信じていないし、踏み込めなかったというか。

 

でも、デビューを超えて、そしてその続きを一緒に歩んでいく中で、そろそろ口にしてもいいんじゃないかな、と思い始めました。

 

オリジナル曲の選定からYouTube企画、パフォーマンスにバラエティ、ふとした発言、そういう彼らが仕事として生み出していく選択のすべての根底にある、彼らの判断力に、信頼を置いている。

 

きっとこれからもたくさん愛を積み重ねていって、この信頼は、より固さを増していくのだろう。

 

 

「ロンリー・グラヴィティ」*1という歌に、こんなフレーズがあります。

キミと目と目が合い、フラフラ。軌道がズレたような気がする。

アイドルって、ファンにこう思わせたら勝ちだよなあってずっと思っていて。

私も軌道がズレちゃったんですよね。この曲を聴くたびに、SixTONESのことを想う。

まあこの歌は別れの歌なんだけど、アンサーソング「コズミック・ストレンジャー」では、

たとえ何億光年 遠く離れたまま

別の軌道を描いたって

と歌い、

輝きが(永遠に) この愛が(消えない) ふたりのSign

と続くんですよ。

 

永遠に愛することはできなくても、時間は限られていても。

はじまりの日に、終わりを意識することはなんだか後ろ向きな気はするけど、きっといつか終わることを知っているから、「時間」があるから世界は美しい。だから今が愛しいし、過去を糧に、未来を見れる。

 

 

出会って1年、推すと決めて半年、今ならようやく言葉にできる気がする。

 

 

SixTONESが大好きだ。

永遠なんてどこにもない。

でもきっと、今、彼らへの愛は永遠だ。

 

だから今日という日に、もう一度この言葉を贈ろう。

 

道なき道をいく男たちの旅が、後悔なく、そして暖かい光が溢れるものになりますように。

 

 

 

 

 

*1:アイカツ!」というアイドルアニメの挿入歌。サブスクにあるのでできれば聴いてみてほしい